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マリリンはワンサイズ小さな服を着ることでバストとヒップを強調し、後にモンローウォークと呼ばれる独特の歩き方でアピールした。そして空ろな瞳と真っ赤な唇でセクシーさを強烈に印象付けた。 彼女は、どうすれば世間が自分に注目し夢中になるかを知っていた。それは私生児として生まれ里子に出されて多くの家々を渡り歩いた彼女が、世の中に受け入れてもらう為に幼い頃から自然に身に付けたテクニックだったのかもしれない。 孤児院で暮らしていた頃、華やかな女優の世界に憧れたマリリンはこのテクニックによって女優になるキッカケを掴んだ。 ハリウットでも人気の女優にまで成長した彼女が次に目指したものは、”完璧な女優”だった。 彼女のゆう”完璧な女優”とは美と知性を兼ね備えた人間的にも完成された女優である。 デビュー当時は”セクシーだが頭の弱い娘”とゆう役が多かったせいか、彼女に対して知的なイメージを持つものはいなかった。しかし、1950年に「アスファルトジャングル」で小さいながらも重要な役を与えられ、同年「イヴの総て」に出演しさらに注目されるようになると、女優としての自信をつけてきた彼女はこの年の秋、カリフォルニア大学ロスアンジェルス校の世界文学夜間クラスに入っている。そして翌年の1951年アーサーと初めて出合った。 1955年の「七年目の浮気」に出演した頃のマリリンは女優として人気の絶頂期にあったが、その反面転換期でもあった。 29歳になっていたマリリンはセクシーな肉体派女優として活躍するには既に限界だった。この先女優として絶えず大衆の注目を浴び続けるには演技派女優への転向が必要不可欠だった。 マリリンはニューヨークに移り住み、アクターズ・スタジオでリー・ストラスバーグの生徒として他の新人無名女優と共に基礎から演技の勉強を始めた。 また、セクシー路線でしかマリリンの存在価値を認めない映画会社と手を切り、1956年に自らがプロダクションを設立して独立し再出発への地盤を固めた。 アーサー・ミラーと結婚したのはこんな転換期の真っ只中だった。
マリリンはアーサーと結婚することで自分が知的な女性になれると信じていたのかもしれない。彼女はアーサーと同じユダヤ教に改宗してまでこの結婚に全身全霊を打ち込んだ。いや、正確に言えばアーサーの創作活動に全てを捧げたといった方がいいかもしれない。 そしてマリリンはアーサーとの家庭を完璧なものにする為、彼との子供を妊娠すが残念ながら流産してしまう。 マリリンはこのことにひどくショックを受け精神科のカウンセリングを受けるまでに至っている。この頃から2人の関係の崩壊は表面化したと言われている。 もともとアーサーは作品を次々と生み出すような多作な人間ではなく、2人の結婚生活は当初からマリリンが金銭面を支えていたといい、アーサーの家庭内での立場は非常に弱かった。さらにマリリンの精神状態が悪化し睡眠薬の量が増えると、彼はつきっきりで薬の量を監視しなければならず、ペンを取って作品を生み出す余裕はなくなっていた。既に作家としての彼は飼い殺しの状態と言えるかもしれない。 1958年、2度目の妊娠。しかしまた流産してしまいマリリンの精神状態は既にアーサーの手におえないほど悪化していた。 この結婚生活の中でマリリンが唯一幸せな顔を見せたのは、イブ・モンタン夫妻との4人での食事だったとゆう。 アーサーの熱心な薦めでマリリンは1960年に「恋をしましょう」でイブ・モンタンと競演したが、これを機会に急接近した2人はやがて不倫関係となった。皮肉にもアーサーがマリリンを思って薦めた競演が原因で彼は妻と親友の両方から裏切られた。 もはやマリリンとアーサーとの間に生じた亀裂は致命的だった。
アーサーのマリリンへの愛情が冷めてしまった事を決定付けた出来事がある。 それは1956年、結婚した直後に「王子と踊子」の撮影の為2人でイギリスに訪れた際の記者会見で起こった。 あるイギリスの記者がマリリンに質問した。 「音楽はお好きですか?」 マリリンは答える。「ええ好きよ。ジャズはルイ・アールストロング、クラシックならベートーベンがお気に入りよ。」 記者の好奇心に火がついた。このころのマリリンと言えばバストとヒップとブロンドだけの女としか見られていなかった。そんな女優がベートーベンだって? 記者は更に質問した。「ベートーベンですか。ではどの作品がお好きですか?」 マリリンは絶句してしまう。そして助けを求めるように隣りに座る夫アーサーを見つめた。 しかし頼りのアーサーはパイプをくわえたまま視線をそらし彼女を無視したのだ。彼は彼女を見捨てた。そしてこれがアーサーにとって無言の何よりも強い意思表示となった。 結局マリリンが愛したのはアーサーではなく、彼の知性だったことに彼自身が既に気付いていたのだろう。 人生観も価値観もあまりにも違いすぎる2人の関係は結婚直後にすでに破綻していた。
1960年11月11日、ついにマリリンとアーサーは離婚を発表した。 そして 離婚発表間もない11月16日、父の面影を重ねて憧れを抱いていた俳優クラーク・ゲーブルが心臓発作で死亡した。 ー以下、(クラーク・ゲーブルへの憧れ 参照) もはやマリリンの心は完全に打ち砕かれていた。 1961年1月24日にアーサー・ミラーと正式離婚した後、2月5日にマリリンは精神病院に治療入院した。 絶望の深い闇をさまようマリリンだったが、そこに助けの手を差し出した者がいた。 それはかつての夫、ジョー・ディマジオだった。 ー以下、(ジョー・ディマジオとの結婚 参照) |
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